49.



虚しさばかりが包み込む。
時間が過ぎ去るばかりであった。
このまま四人でいれば、いずれリミットはおとずれ、それは全員の「死」を意味する。
それでももう構わないと口を開いたのは薮であった。
「もう、いいよな」
光が顔を上げて、薮を見据える。中島も山田も有無を言わずに彼を見つめ続けた。
「でも、このままただ時間が過ぎて死ぬのも…、嫌だ」
こんな大人たちの酔狂に、最後まで付き合う必要は無いのだと薮は言う。
「探そう、俺たちが死ぬ場所を」
他の三人を導く彼の姿は、在りしの薮の姿でそれは光の望んでいたものでもあった。
そう、ずっと。自分はこんな彼に憧れていたのだ。
そうだ。そんな彼を望んでいたのだから、もういいだろう。
光は中島の手の中から銃を取り、ゆっくりと背中をなでた。
もう今は何も意味を成さないそれを、光は玩具のように服の中にしまった。
色々なものが終わりを迎え、そして自分たちも今終わりを迎えようとしている。
「どう…するの」
山田がつぶやいて、薮は静かに口開いた。
「全部、見える場所に行こう」
薮は視線の先に高台を捉える、まだそこへとつながるルートは残っていた。
この惨劇が起こってしまった場所の全てを捕らえる。
そうして後は、落ちてゆくだけだった。



 高い場所は、嫌いじゃない。
 ずっと僕らはそんな場所にいた。



その場所に行くまではそれほど時間はかからなかった。
それでも次第に迫るリミットに四人は口数を少なくしていった。
ピンと張り詰めた糸のような雰囲気。誰しも、覚悟を決め切れていない。
誰かが口を開きその緊張の糸を切ってしまえば、全ては終わりを告げたのであろう。
「…あと、一時間だ…」
薮が静かに時計を読み上げる。
そして四人は高台にたち、この島を見渡した。
たったの三日間のはずだった。三日前の自分たちは、「普通」であった。
「普通」に日々を過ごし、「普通」の生活をただ当たり前のように繰り返して。
でも今は何もかもが違う。
自分たちのせいではないのに、何もかも違ってしまった。
「どうして、こんなことになったんだろう」
中島がポツリと呟く。しかし他の三人はそれに答えることは出来なかった。
「…さぁ、どうする」
薮が三人を誘導する。光は薮の姿を見ては彼に従うように次の言葉を待った。
「あと一時間…」
山田がちらりと薮の時計を見る。薮は見せつけるように掲げた。
「そうだ、あと一時間。…一時間で全てが終わる」
全てが終わって、全てが許される。
「話をしようか」
薮は眉を下げてくしゃりとした笑顔を見せた。
「今までのこと、喋ろう」
「この島で起きた…こと?」
光が不思議そうに問いかけ、薮は首を振る。
そうじゃない、と伝えて。
「そうじゃなくて…俺たちが頑張ってきた何年間のこと」



 そこには「夢」があった。
 僕らは「夢」を見ていた。そして「夢」を与えていた。
 僕らの姿はきっと誰かの「勇気」に変わっていた。
 変わった「勇気」にきっと僕らは幸せになれていた。



色々な思い出を、共有し楽しかった時間を喋っていればあっという間に時間は過ぎた。
薮の時計が刻々と時間を四人に伝える。
誰かが泣いてしまえばつられただろう。
でも四人は誰一人として、泣くことはなかった。
「…どうする」
不意に薮が口を開き、三人を見た。
その視線にかき立てられるように山田が口を開く。
「このまま、…ただ時間を待って死ぬのは嫌だ」
「うん」
「自分の力で…死を選びたいって思う…」
「そうだよな」
山田は立ち上がり、くるりと辺りを見渡した。
次いで薮が立ち上がるとスッと空を指さし、その指をそのまま下げた。
指の先、遠くには海が広がっていた。真下には深く、緑が広がっていた。
この下に落ちて身体を打ち付けられたらひとたまりも無いだろう。
「四人で、落ちよう」
全員に薮はそう声をかける。
山田は異論は無いようにキュッと唇を結んだ。
光も、中島も。唇を噛みしめ、自分たちの最後を覚悟した。
薮は時計を見直す。
あと、三分。
飛び立てば、それは自分の意志になるだろう。
最後は、操られずに。誰の思うままでもなく。
山田はくい、と中島の腕を引き、崖の下を見つめた。
しばらく見つめ、身体を少しずらす。やや間をおいてから顔上げそして息を吸う。
「じゃあ、一列になって」
中島の腕を痛いほどに握りしめて、山田は凛とした表情で薮と光から離れ一歩前へと出た。
それの後を続くように薮と光も並ぶ。
薮と光は真っ直ぐに正面を見つめ、下を見ることはなかった。
あと、二分。
竦む足、震える身体。そんな中島の肩を握り山田は「だいじょうぶだよ」と囁いた。
そして飛ぼうという瞬間、山田は薮の手を軽く取った。
薮の指先は一瞬震える。
「一緒に?」
「…一緒、に?」
山田は笑って、身体を飛ばした。
グン、と力に負けて薮は前のめりになりそのまま引きずられるように崖の下へと吸い込まれた。
残り、一分。
それで良かった。そうするはずだった。
四人で飛ぶことを決めていた。だとすれば、四人で飛ぶことに間違いはなかった。
山田と中島は飛んだ。
しかし最後に山田に手を取られた薮は飛ぶ瞬間咄嗟にその手を離した。
そして、地上に残った。



「え……」
同じように、というよりは薮に引き留められて地上に残った光は目を見開いて薮を見る。
時計の針はすっかり時間を超えているであろう。
薮と光の首輪は爆発しない。
山田と中島は死んだのか。けれどもそれにしたって、早すぎる死だ。
地面までの距離はいくらかあったはずだ。そんなに、そんなにも早く死んでしまったというのか。
やぶ、と光は彼に声をかける。全ての疑問をぶつける。
薮はゆっくりと光を向いた。
「…時計…俺以外持ってなかったよね」
そう、それは彼の言うとおりだった。
誰も時間を正確に知るものはいなかった。
誰も疑いもせず、薮だけが持っている時計の時間を信用した。
何故信用してしまったのだろう。
あぁ、彼は最初からそのつもりで。
「…一時間ずらしたんだよね」
もうさすがに死んだかな、と薮が呟いて光に背を向け崖の下を覗こうとする。
全部、そのつもりで。
光の目の前は真っ暗になる。
何も気づけなかった。彼の思惑に。
彼にこんなことをさせないために、自分は頑張ったはずなのに。
パンッ、と銃声が響いたのはそのときで、薮が腹に手をやるとその手はすぐに真っ赤に染まった。
「俺も」
ひかる、と弱く呟きながら薮は振り返る。
光はボロボロと涙を零しながら銃口を薮に向けていた。
「俺も…銃弾、一つ…隠してたんだよね…」
ポケットに隠し持った鉛一つ、使うことはないと思っていた。
でも、隠し持っていた。
それは自分の心の弱さだった。
だから銃をそっと自分に戻して。
そしてそれをまさか彼に使うなんて。
自分たちは結局のところ一緒なのだと、光は笑った。
薮はそのまま意志を示さず事切れて、やがて光の首輪も音を鳴らし始めた。





【薮宏太・八乙女光 死亡】





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