48.



 オーディションに合格して、初めてレッスンを受けた日。
 名前は何、と声をかけてくれた子。
 その子はもうどこにもいない。




「随分派手にやったのかよ。意外なんだけど」
銃を構える光は、中島と山田の姿を見て警戒心を緩めようとはしなかった。
違う、と山田は叫んだが、何とでも言えると光はその言葉に取り合おうとしなかった。
「…俺たちで、最後だ」
薮が静かにそう紡ぎ、ポケットから腕時計を取り出す。
それは薮がこの三日間の途中に廃屋となった民家で見つけたもので、三人に見せるように指先で摘み提げた。
「もう時間も、残りわずかだ」
タイムリミットの時刻まで、ほんの僅かな時間しか残っていない。
ルールでは、時間内に決着がつかない場合は残っている全員の首輪が爆発することになっている。
殺すか、殺されるか。
生きるか、死ぬのか。
それはもうずっと自分自身に問いかけてきたことであったが、今まさにつきつけられる。
最後の選択に迫られる。
中島と山田はもう武器を持たず完全に丸腰であった。
圧倒的に有利なのは光と薮の方であった。
「殺すの、ぼくたちを」
中島の言葉が響く。
それは薮と光に訴えかけるとも、かけないとも、どちらともいえない態度で僅かばかりに二人を動揺させた。
「殺すの」
「――ッ…、黙れっ!」
中島の言葉に光はカッと顔を紅潮させ銃を構えなおした。
しかし、その引き金をすぐには引こうとはしない。
それは光にとって珍しいことであり、ちらりと様子を伺うように薮は彼を見つめる。
光はとても緊張しているように見えた。
どうした、と声をかけるように薮が口を開く。
しかしそれよりも速く、動く姿があった。
「何、す、っ…!」
光よりも小柄な身体が、銃を恐れず立ち向かう。思わず、というように怯んだのは光の方であった。
「…ッ、殺すなら、殺すなら俺がっ…!」
「…ッ、…裕翔君…!」
ガッと鈍い音がして、光は銃の柄で中島の額を打ち付ける。
中島の額からは微量の血が流れたが、それでも光は発砲しようとはしなかった。
どうした、ではなく、なぜ、と発しそうになって薮は思わず口を閉ざす。
なぜ。
何故。
何故、発砲しない。
何故、殺さない。
二人を止めようと伸ばしかけた手も止まってしまっていたが、やがて山田の「やめて」という声に我に返り二人に近づこうとした。
それは、その瞬間であった。
もみ合っている最中に意識をせずに光の指が銃の引き金を引いてしまう。
まるでスローモーションのように、銃口は熱を帯びる。煙を吹く。
四人の身体は一瞬びくりと揺れ、耳の近くで鳴った音に鼓膜を傷めるようであった。
焦げ付くような匂いが鼻腔を刺激する。



しかし人を殺める為の弾丸は、誰をも傷つけず。
ただ、虚しく、空へと放たれた。



「……」
バサバサと鳥が飛び、四人は放心したようにその空を見上げる。
ハッと感づいたように中島はぼんやりと空を見上げる光の手から銃を奪った。
あっ、と光は声を上げるが、先ほどまでの獰猛さは微塵にも感じることは無かった。
「誰かに殺されるくらいなら、俺が殺すッ!」
何かに興奮しているように震える手で銃を握り締める。
しかしやがてそれを真っ直ぐ持ち上げ、銃口を光へと向ける。
薮も山田もその行動に焦った、が、とうの光はただ立ちすくむだけで何も抵抗しようとしない。
おそらく中島が光から銃を取り上げ、いくらも時間は経っていない。
二人が中島を止められるような時間も無かったのかもしれない。
けれども、今回ばかりは止めることは無意味であった。
引き金をひく中島。
そして直後に、カチンと間抜けなほどに軽い音が鳴った。
カチン、と。
何の威力を持たない、無意味な音。
「あ、れ…?」
カチン、カチン、と何度も何度もその音ばかりが響く。
中島は焦ったように銃を下ろし、何度も何度も引き金を引き続けた。
自分に銃口を向けてまで、引き金を引いた。
しかしもうその黒い小さな口から何も発せられることは無かった。
裕翔君、と呟いた山田の声は本人すら意識はしていなかったが、どこか哀れむようでもあった。
「な、んでっ…」
「…裕翔、もうやめな」
「…何で、っ…どうしてっ…!」
見かねた光が近づき、そっと裕翔の手を包む。
「さっきので、最後なんだ」
銃弾が無制限ではないことくらい、冷静に考えれば分かるはずであった。
あのとき撃たれた弾はもう最後で、だから光は慎重に慎重にタイミングをうかがっていた。
しかしそれはあっけなく放たれ、四人は「死ぬための」道具を失う。



いつまでもいつまでもカチンカチンと音が鳴り続ける。
それは、まるで玩具のように中島の手にいつまでも存在し続けた。



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