42 「――っ、ざけんなっ!!」 何度かけても無機質なアナウンスしか流さなくなった携帯電話を藤ヶ谷は思いっきり地面にたたきつけた。 裏切った。 裏切られた。 裏切りやがった。 何がごめんなさいだ。 何が二階堂と一緒にいる、だ。 ふざけるな、ふざけるのもいい加減にしろ。 あれだけ可愛がってやったというのに、この結果は何だというのか。 そして自分のこの様は何だというのか。 これは北山を裏切った自分への罰なのか。 そんなこと言われてもどうしようもない、だって絶対に北山と協力する気になれなかった。 もし千賀ではなく河合か、横尾か、五関だったら。 そんなことを思っても仕方ない。誰も自分を選んでくれなかったのだから。 「…っ、…」 どうしてだというのだろう。 自分は何だったのかと藤ヶ谷は自問する。 何がいけなかった、何が悪かった。 何故自分は最後に独りになってしまったのか。 藤ヶ谷が孤独ほど恐れているものは無かった。 いつもみんなの輪にいて、笑いあって、その中心にいた。そしてそれが理想だった。 人は誰しも一人では生きていけない。孤独が好きだなんて、それは「孤独にしかなれない」奴の負け惜しみだ。 だから藤ヶ谷は北山のことが気に入らなかった。 いつも一人でも平気だと気取っているように思えて仕方がなかった。 そんなことがあるものか。本当はこっちに入りたいんだろうと、そんな傲慢ささえ感じていた。 楽屋で気ままに過ごす姿、ただ寝ているだけの彼。 そのくせ誰かが慕い、先輩に可愛がられている。そういう北山が癇に障っていた。 北山を見る度に頑張っている自分が馬鹿みたいに思えた。 (…本当に馬鹿みたいだ…) ぎゅ、と拳を握りしめ首を横に振る。今はそんなことを考えてる場合ではない。 とにかくどうしたら良いのか藤ヶ谷には分からなかった。 このまま千賀と離れ離れになっているのはまずいだろうということは分かる。 けれども自分を裏切った千賀に会いに行くなどと、到底素直にそんなことは思えなかった。 藤ヶ谷は途方にくれる。それでも、死ぬのだけは嫌だった。 けれども、もしかしたら千賀は二階堂に脅されてるだけなのかもしれない。 そう思い直すと心は軽くなった。 そうだ、それであんなことを言わされたのだ。 それしかないだろう。だって自分は、誰かに裏切られるような人間ではないはずだ。 そう思いこむことで、藤ヶ谷は何とか自分を保つことが出来た。 大丈夫、大丈夫だから。何も恐れることは無い。 そして藤ヶ谷はしばらく歩き続けた。次第に日が少しずつ翳る。 辺りが薄く暗くなり気温が下がると不安な気持ちはいっそう増した。 僅かばかりの休憩をとり再び進もうと思い、藤ヶ谷は進行方向に身体を向ける。 しかしその先に自分より若干小柄な影を見つけて慌てて木の陰に隠れた。 近づいてはまた遠ざかる足音。 ちらりと藤ヶ谷がその方を覗けば、彼にとって一番望まない人物がそこにはいた。 (…北山…!) 最悪だ、としか言いようがなかった。木陰に隠れてじっと相手を伺う。 きっと彼は自分を殺すだろう。最初、北山のことを拒んだのは自分なのだ。 彼は殺すのだろうか、自分を。 ふと、それは分からないと思い藤ヶ谷は歯を食いしばる。 自分を殺すということは千賀を殺すということだ。はたして北山はその選択をするだろうか。 藤ヶ谷に武器はない。 殺すのか、殺さないのか。 どうする、どうするつもりなのか。 やがて足音はピタリと止まり、息を呑む音がした。 見つかった。 覚悟を決めて藤ヶ谷は立ち上がり、北山と向き合った。 お前は俺を、どうするのか。俺はお前を、どうするのか。 「…北山…」 藤ヶ谷の呟いた声に北山は驚いたように目を見開く。 そして両方の腕を伸ばし藤ヶ谷にかかってきた。 その動きは速く、とても藤ヶ谷が避けられるものではなかった。 しまった、と思った瞬間肩を掴まれ揺さぶられる。 何てあっけない、と藤ヶ谷が自分自身に落胆した、そのときだった。 「お前、千賀は!」 「……はぁ?」 「はぁ、じゃなくて!千賀はどうしたんだよ!」 必死に辺りを見渡す北山に藤ヶ谷は戸惑いを隠せなかった。 そういえば、北山も一人だ。そのことに疑問を持たなかったのは千賀が二階堂のことしか言っていなかったからだ。 藤ヶ谷は千賀ははぐれた。きっと北山たちもはぐれたのだろうと、そう無意識に納得していたのかもしれない。 「…ッ、知るかよ、あんな奴」 「あんな奴って…」 呆然と呟く北山に藤ヶ谷のムッと眉を寄せた。 どうだっていい。千賀なんて、おそらく自分を裏切った千賀なんて。 大体北山が千賀を気にかけることなんか、ないだろう。 不愉快そうに藤ヶ谷は自分の肩にかけられた北山両手を乱暴に外した。 「知らねーって言ってんだよ。俺を裏切って二階堂なんかと一緒にいる奴なんか知るかよ!」 北山の言葉はいちいち藤ヶ谷の苛々を増させる。 勢いに任せて藤ヶ谷がそう怒鳴り散らせば、ピタリと北山の動きは止まった。 「二階堂…?…おい、本当かよそれ。千賀は二階堂といるのか!」 「…、そうらしいけど…」 だったら何だと、藤ヶ谷は思わずには居られなかった。 大体北山が二階堂とはぐれるからこんなことになったんじゃないのか。 「良かった…」 何が良いものか。一体何を考えているのか。 千賀が何だ。二階堂が何だ。 さっきから北山は一度も藤ヶ谷の名前を呼ばない。 北山は、何を考えているのか。 自分は彼を殺すことばかりを考えているというのに。 今、北山の目の前にいるのは「俺」じゃないのか。 一体何の、誰の、話をしているのか。 「藤ヶ谷、俺のこと殺していいよ」 凛とした声が藤ヶ谷の脳内に響く。 言っている意味が分からない。 もう分かりたくもなかった。 「でも少し待って欲しい。…俺、千賀と二階堂を会わせたかったんだ」 何を独りよがりなことを言っているのだろう。 そんなこと、誰かが頼んだりしたのだろうか。 馬鹿みたいだ。 馬鹿みたいだ。 そんなことは綺麗事だ。 だからそんなこと思いつかなかった自分は、普通だ。北山がおかしい。 「あいつら二人、俺たちのせいで巻き込んじゃったから」 俺たちの所為って、何がだというのだろう。 全部「俺」の所為だろう。そう言えばいいのに。格好つけるな。 ワガママで、自分勝手で、千賀と二階堂のことなど少しも考えなかった。 でもそんなこと。認められるわけもない。 自分がどれだけ愚かで卑しい人間だなんて、それを認められるほど、人は強くないんだ。 誰だってそうだろう。 きっと、自分だけが醜いわけじゃない。 みんな、そうだ。 北山だって、きっとそうなんだ。 そうずっと思ってきた。 「俺はどうでもいい。だた、あいつらが幸せな最後を迎えられたら…それで――、」 言葉は最後まで紡がれることはなく、藤ヶ谷の拳が振り上げられ北山に向かって下ろされた。 藤ヶ谷のそれは北山を殺すためではなかった。 殴るためだった。 「…ッ、てめぇのそういうところがムカツクんだよ!!」 無性に腹が立って仕方がなかった。 悔しくて惨めで仕方がなかった。 分かっている、でも分かりたくない。自分は本当にダメな人間だと、思い知らされたくない。 殴られた頬を真っ赤に腫らし、倒れ込む北山に藤ヶ谷は馬乗りになる。 (嫌いだ、お前なんか大嫌いだ) 泣きたくないのに涙が溢れる。 どうしてこんなこと、思わなくちゃいけないんだろう。 北山のせいだ。全部全部、北山のせいなんだ。 藤ヶ谷は北山の首に手をかけ、ぐっと力を込めた。 next |