37.



いったいどれほど歩いたのか分からない。
禁止エリアは増え続けているというのに誰かを見かけることはぐっと少なくなった。
それだけ、みんな死んでいるということだ。
誰かが、殺しているということなのだ。
「……」
山田はただジッと前を見つめて歩いた。
すっかり覇気をなくした中島に影響されるように山田のギラギラとした野心も戦意も、徐々に失われるようであった。
なぜだろう、と山田は思う。
先ほどまで自分を反対していた中島を目の前にしたときの方が、自分は殺意に満ち溢れていた。
いざ中島が「もういい、好きにすれば」という態度を示せば、自分の殺意は消えた。
中島が嫌いだから反発したい、というわけではない。
考え方の違いが多い中島だが、どちらかといえば山田は好いている方であった。
よく分からない自分の不安定な心がちくちくと刺されるような感覚を受ける。
(こんなの、裕翔君じゃない)
ただその思いだけが山田の中に満ちあふれる。
そう、中島はいつだって山田の一歩前を歩き続けていた。
山田がこの世界に入った頃、中島はすでに中心に立っていた。
同い年の小柄な少年は、いつだって自分の前に立ちふさがっていた。
子どもの注目ではなく、大人の注目は、いつだって中島が独占していたようにも映る。
だから俺は、と山田が思ったときすっと中島の手が差し出された。
「裕翔くん…?」
「…誰か、いる」
隠れて、と中島がそのまま山田の腕を引き、物影に隠れる。山田もそれに続く。
(あっ…)
思わず声を上げそうにになって山田は口をふさいだ。
おそらくペアで行動しているであろう、こちらから見える彼は、しかし今は一人でいた。
ならばペアの相手はどこか近くにいるのではないか…、もしかしたら今後ろにいるのかもしれない。
恐れるように山田は後ろを振り返るが、そこには木々しかなく、ほっと胸を撫で下ろした。
その間も中島はジッと相手を見つめ続ける。
何を考えているのか山田には分からない。
「裕翔くん…」
「…なに」
「何、考えてるの」
「……」
「殺したい、って思ってる…?」
「そんなわけないじゃん」
「…じゃあ、このまま気づかず去ってくれれば良いって思ってる…?」
「……、分からない」
その中島の答えに山田はドキリとした。それは、今までの中島の答えに無かったものだった。
ねぇ、じゃあ、と山田は言葉を続けそうになったが声を発することは出来なかった。
怖かった。
変わる中島が怖かった。
「お、俺は…このまま、気づかないで行けば良いって思ってる、けど…」
焦った山田の言葉に中島が目をぱちりと開閉させた。
そうして、口端を上げるだけの、嫌な笑みを浮かべた。
「どうして?さっきまで、あんなに殺したがってたのに」



それからのことは山田はあまり思い出したくないと思っている。
それはもう怒涛のようであった。
「――……は…?」
「いいじゃん、殺せば」
「え、え…」
「早く殺してきなよ。もう止めないから」
「何、言って…」
「山ちゃん、おかしいね。俺が否定してたら、殺さないのに」
「…っ…」
「俺が肯定したら、殺さないの?そのことに、もう興味がないの」
「そういうんじゃ…、…」
「何がそうじゃないって言うの」
「だって、今の裕翔君あきらかにおかしいじゃないか!」
「…、なにそれ」
「何って…」
「おかしくない、おれって、どんなおれ?」
だってもう自分が殺さなくても誰かが殺すのだから。
自分は殺さないというのに、自分は殺されようとするのだから。
規律、規範、モラル、道徳、善と悪。
「いちいち守ってきた自分が、ばかみたいだって思ったんだよ」
「…裕翔君…」
それは中島のアイデンティティの崩壊を意味した。
彼の瞳には何も映らない。
信念や思い描いていたものは、もう何も残っていなかった。
「ゆうと、くん」
こんなのは彼じゃない。そう山田は思う。
でも、だからと言って嫌いになるわけじゃない。
自分に出来ることはもうこれしかないと山田は思った。
「俺は、…誰かを殺したいわけじゃない」
ぐっと中島の肩を掴み、歯を食いしばった。
「出来れば、こんなこと、したくない」
こんな場所にいなければ、こんなことは思わなかった。
何が善で何が悪か。
生きる意味は、何なのか。
「…でも、死にたくない」
死にたくない。
それから、
「裕翔君と一緒に…生きたい」
君はきっと、僕の憧れだった。



そうして山田は中島の肩から手を離す。
鞄に収めていた鎌を取り出し、隠れていた茂みから飛び出した。
彼は、殺されてくれるだろうか。
肉の切れる感触が山田の感覚を侵す。
思えば、山田が誰かに危害を加えたことはこれがはじめてであった。



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