36.



教室を出発してから、放送が流れるたびに千賀の心は緊張した。
禁止エリアをチェックする藤ヶ谷の横で自分は参加者リストばかりを眺める。
もう何人もの仲間は死んでしまった。
でも、彼はまだ死んでいない。一つの名前を千賀はジッと見つめる。
(…二階堂…)
千賀は一体どうしたら良いのか分らなかった。
昔こそではあったが、今はもっと二階堂よりも仲の良い友達はいる。
自分のことを分かってくれるのは、お互いにお互いだけだったと思っていた、幼い頃とは違う。
お互いに「一番」ではなくなってしまった頃、自分たちの関係は変わってしまった。
今の二階堂の気持ちは千賀には分らない。
(…俺が、悪かったのかな)
確かに上京して来たばかりの頃の千賀には、友達と呼べる存在は二階堂くらいしかいなかった。
でもそれも数年間、東京に住んでいれば千賀の世界は変わる。
自然な変化なのか、それとも自分が薄情なのか。
(でも、二階堂から視線をそらした)
そのことが千賀の胸にいつまでも引っかかていた。そして、悲しかった。
でもこうやって二階堂よりも藤ヶ谷を選んだ自分も自分なのだ。
その藤ヶ谷は、河合に五関、そして横尾が死んだという放送を聞いてからというもの明らかに落胆していた。
普段明るく喋りっぱなしの藤ヶ谷の声を千賀はもう随分と聞いていない。
「けん、と」
「…ッ、はい…」
不意に名前を呼ばれ千賀は慌てて顔を上げる。
いつになく真剣な、少しだけ疲れた藤ヶ谷の顔が千賀の目に映った。
「もうお前だけだからな」
「……」
「もう俺とお前しかいないんだからな」
「藤ヶ谷君…」
「だから、お前は…俺のこと裏切るなよ」
千賀は藤ヶ谷の言葉にゆっくりと頷いた。否、頷くことしか出来なかった。
それを見た藤ヶ谷はまた前を向き、千賀より少し前を歩き出す。
藤ヶ谷の背中を見て、千賀はグッと息を詰まらせる。
(…忘れよう…)
忘れよう。すべて、忘れよう。二階堂のことはすべて忘れたらいい。
思い出を全部消して、きっとそうしなければいけない。
だって、もう会えるわけがない。
思えば思う分だけ、辛いのだから。
今は目の前の自分だけを信じる藤ヶ谷を尊重しなければ。
だからもう何もかも全部――…、



「藤ヶ谷君!千ちゃんっ!」
甲高い子どもの声が聞こえて藤ヶ谷と千賀は肩を揺らして振り返った。
「知念…?」
自分たちに懐く年下の後輩が駆け寄る姿に、二人は避けようともしなかった。
知念はそのまま千賀の胸に飛び込むように寄って来る。
少しだけ千賀は躊躇うように身体を緊張させたが、敵意を露にしない知念にどうすることも出来なかった。
藤ヶ谷君、と千賀は自分の迷いを藤ヶ谷に問おうとした。
このまま知念をありのままに受け入れても良いのか。それは正しいのか。
しかし千賀の僅かな呟きは、知念の言葉によってかきけされる。
「良かったぁ!これでもう安心だね、京本君っ!」
千賀にしっかりとしがみついたままで、知念はくるりと振り返る。
つられて藤ヶ谷と千賀も顔をその方へ向ければ、浮かない顔をしてる京本がいた。
「…どうした、何か怖いことでもあったの?」
そんな京本の姿を見て藤ヶ谷はそっと近づき、労るように肩に手をかけようとした。
その瞬間、京本の身体はビクッと震え、何か言いたそうに口が開く。
けれども言葉にならず、じわじわと涙を浮かべるだけの京本を藤ヶ谷と千賀は理解出来なかった。
ただ千賀の胸の中で知念だけが京本を強く睨みつけていた。
「…怖かった…よね。…あんなこと、あったんだもん」
でももう大丈夫なんだよ、と知念は京本に囁くように言う。
「え?あんなことって?」
「大変だったんだよ、…僕、もう死んじゃうかと思った…」
怖がる子どものふりをして知念はきゅっと千賀の上着にしがみつく。
そして頭の中で次の台詞を目一杯に考えていた。
何か怖いことでもあったのだろう、知念の台詞を素直に受け取り、藤ヶ谷は京本の肩に手をおいた。
「…もう、大丈夫だから。おいで」
藤ヶ谷の幼い子を労わる優しい囁きにはっと京本は顔を上げた。
それは優しい手だった。
いつも構ってくれる、優しい手であった。
だからもう京本は我慢が出来なかった。
ここで自分が藤ヶ谷に縋ってしまえば、自分だって同罪なのだ。
「…にげて…」
「…え…?」
「に、げて…よっ、…早くっ…早く…!」
知念のことは怖かった。
でも、自分を殺すことは無いだろうと京本は思った。
京本の死は知念の死を意味する。
力任せに京本は藤ヶ谷の身体を突き放し、どんっ、とその場で音がした。
「お願いだから逃げて!逃げてよっ!!」
ぼろぼろと涙を零しながら訴える京本の姿に、既に千賀は知念から手を離していた。
あぁもう仕方ない、と舌打ちをした知念がポケットの中に手を入れた瞬間だった。
「健永!逃げるぞ!」
放心している千賀より先に事態を察した藤ヶ谷が千賀の手を引っ張り駆け出す。
泣いてその場にうずくまる京本を構っている暇はなかった。
逃げだした二人を知念は追う。しかし今回ばかりは完全に追いつき仕留めることは出来なかった。
追う知念に、珍しく迷いが生じていた。
それはあの場所で、あんな声を上げて泣く京本を置き去りにして果たして彼は無事でいられるのか。
京本を殺されれば終わる、それは、知念にとって唯一の弱点でもあった。
「――ッ!!」
ひどく不本意ではあったが、わずかな高さでしかない崖の下に知念は全身を使って千賀を突き落とすことしか出来なかった。
下には茂みがあり、命まで奪うことは出来ないだろうと知念は落胆した。
そのことに気がついた藤ヶ谷が「健永!」と荒く声を上げたが、知念がその場から威嚇し、千賀を追わせることを許さなかった。
「…知念…」
ぎり、と奥歯を噛みしめ藤ヶ谷はその場を後にする。今の藤ヶ谷にはその選択肢しかなかった。



こうして一瞬のような騒動を終えたあと知念は京本の居る場所へと戻る。
まだ泣いている彼を冷たい視線で見下げ、その白い頬を躊躇いもなく叩いた。
「頭、悪いんじゃないの?」
俺が死んだらお前の所為だからな、と強く静かな口調で知念は京本を詰った。



そして落ちた千賀は茂みに引っかかり、切り傷以外に怪我らしい怪我は負わずにすんだ。 
「…えっ…」
けれどもフラフラと立ち上がりながら、その目に映った光景に思わず立ちつくしてしまう。
裏切るなよ、という藤ヶ谷の声が思い出されるように聞こえて、そして消えてしまったのを感じた。



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