33.



 友達なんか作らなくていいのよ。
 他の子はライバルだから。
 それくらいの気持ちでやらなくちゃ駄目。
 遊びに行ってるわけじゃないのよ。



この仕事を始めた頃、有岡は母親に繰り返しそんなことばかりを言われた。
けれどもその言葉で無理に心を閉ざしたり、他の誰かを見下すと言うことは無かった。
年齢と共にそれ相応の友達関係を有岡はきちんと作っていた。
けれども誰かが自分の犠牲になってくれる程、深い友人がいるのかと言えばそれは即答は出来なかった。
母親のせいにするつもりはない。それは、自分のせいなのだと有岡は思う。
でもそんなことを思って寂しくなるのは、とても恥ずかしいことだから有岡はずっと心の奥に閉まってきていた。
それをよりによって有岡が一番近い存在だと思っていた伊野尾が、無理矢理引きずり出して晒した。
一番隠したかった、何よりも誰にも見られたくなかった。それなのに。
そして「じゃあ俺と行こうか」と有岡に声をかける者は誰もいなかった。
(だから、みんな、みんなひどいんだ)
自分は、一人だったのだ。
あの中で最初から、孤独だったのだ。
「――ッ!」
有岡の振り下ろした日本刀は、玉森の腕を斬りその白い肌を赤く色づかせる。
必死の形相で逃げる玉森に、少しの猶予も有岡は与えなかった。
しかし一度で仕留めようとはしない。じわじわと追い詰めるように斬りつける。
苦しめばいい。
もっと、もっと苦しめばいいと有岡は思った。
「あっ、」
そのうちに体力を無くした玉森の足がもつれ、その場に転倒する。
一番深手を負った腕を庇うようにして倒れた玉森が仰向けになると、視線の先には有岡と黒い空が見えた。
暗く深い闇の空。その中に月に照らされた鋭い刃が光る。血走った有岡の目が見える。
ハァハァ、という有岡の荒い息づかいが聞こえ玉森は息を呑んだ。
そして、
「っ、だいちゃんっ」
その言葉とほぼ同時にザッ、と刀が垂直に降ろされる音が聞こえた。



…玉森の、耳の横で。



「…、…」
有岡の刀は玉森の耳を僅かにかすめ、そのまま地面へと突き刺さる。
じわりと耳の薄皮が切られ、玉森はその部分に熱を感じる。
じっと止まった有岡が何を考えているのか玉森は察することが出来なかった。
「…っ、俺の…」
「…大ちゃん…」
「俺の…俺の何がいけなかったっていうの…ッ!」
選んで欲しかった。仲良くしたかった。仲良しだ、って言いたかった。
自分は伊野尾に選ばれたならすぐに死んでも良かったというのに。
こんなふうに誰かを傷つけて、殺して、刀なんか振り回さなくても良かったのに。
あの日々は嘘だったというのか。
玉森の「大ちゃん」と呼ぶ声が有岡の中に響く。
玉森だって、ずっとずっと仲の良かったうちの一人だった。
「…何も、いけなくなんかないよ…」
玉森はゆっくりと起き上がりその場に座り込む。
そして身をかがめている有岡の頭をゆっくりと撫でた。
「大ちゃんはいい子だと思うし、頑張り屋だし、優しいし」
俺は好きだよ、と言い聞かせるように優しく囁きかけた。
「…っ、ぅ…」
好きだよ。
その言葉に有岡は子どものように涙を零し始める。
そう、言って欲しかったのだ。ずっと。ずっと。
その言葉を欲しいがために、自分はこんなところまで来てしまった。
「…ごめんね」
「…ッ、…玉ちゃん…」
そして謝る玉森の声に首を横に振った。
大好きな友達に、大好きだと言われたい。
そうしたら、何も惨めなことはないのだ。
そしてそれを望むのことは、何かいけないことでもあるのだろうか。





「…玉ちゃん…」
「…ん、…何?」
しばらくそのまま有岡は玉森の腕の中で泣き続けた。
「玉ちゃん、…伊野尾ちゃん…は…?」
少しだけ気分が落ち着いた有岡は目元を擦り、伊野尾のことを聞いた。
何故玉森が一人なのか、今更疑問に思って有岡は自分がどれ程興奮していたのか自覚した。
「…おいてきちゃった」
「え…?」
ぽつりと玉森が呟き、そして遠くを見つめる。
「迎えに行かなくちゃ、ダメだよね」
その呟きに有岡の心は揺れた。
もし、玉森と同じように伊野尾にも「好きだ」と言われたら。
「…あのさ、…俺も一緒に行きたい」
有岡の申し出に、玉森はにこりと微笑んだ。
「ごめんね、大ちゃん」
「え?」
「それは無理」





いつの間にか有岡が手放していた、地面に突き刺さったままの日本刀を玉森は引き抜く。
「大ちゃんのことは、好きだよ」
玉森は寸分の躊躇いもなく有岡を上から下へと斬りつけた。
まるで機会を伺っていたかのように。
「でも、俺にとっては伊野尾ちゃん以下なんだ」
さぁっと夜風が吹いて生臭い血の香りが一瞬だけ吹き消される。
「それだけだよ」
でもこの臭いは一生自分の身体からは消えることはないのだと、玉森は思った。



【有岡大貴 死亡】



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