32.



吉田の構える小ぶりな斧に、玉森は怯んでる場合ではなかった。
伊野尾のことを考えれば考えるほど、死ぬわけにはいかなかった。
だからもしここで自分が吉田を殺したとしても、それは仕方の無いことだと、思った。思うことにした。
(だから阿部と岩本を殺したのも仕方の無いことなんだ。俺は伊野尾ちゃんを守らなくちゃいけないから)
誠意を見せたかったから。
(それが正しい)
人は取捨選択をして生きている。
それは何も「これ」に限ったことではない。
(伊野尾ちゃんだって、大ちゃんより俺を選んだじゃないか)
だからこの状況で、誰かを殺す自分は悪くない。
吉田の斧が振り上げられ、玉森は身をかがめて避けた。
武器が無いのは何よりのハンデだったが、吉田がこういったことに慣れているわけでもなかった。
とにかく体勢を整えなければと玉森は吉田から離れるように駆け出す。
「待てッ!」
このまま洞窟に戻れば武器がある。そして伊野尾もいる。
加勢してもらうことが出来ると一瞬考えたが、玉森の足はどの方向へは進まなかった。



どうして進まないのかと、玉森は考えた。
冷静に考えれば、戻ったほうが良いと決まっている。
そうは言っても武器も何もない自分が逃げるのには限界があった。
「自分を選んでくれた彼に誠意を見せたい」
それを求めるばかりに、何も見えなくなっているのではないだろうか。
それは、伊野尾自身でさえも。
戻らない自分、残される彼。
その先に見えるものは何もなかった。
歩みを止めた玉森に容赦なく吉田は迫る。
けれども玉森はもう、自分がどう動いたら良いのか分からなかった。
微かに振り向けば、そこにはもう吉田がいて、あっ、と玉森は声を上げた。
(ごめん、伊野尾ちゃん)



覚悟を決めて玉森はギュッと目を瞑った。
しかし身体に痛みは無く、再び目をゆっくりと開く。
ドキドキと激しく打つ鼓動だけがやけに身体に響いてうるさかった。
生臭い独特の臭いが玉森の鼻をかすめ、視線でその臭いの元を探した。
「……ッ!」
赤く染まった吉田の身体は、目を閉ざし力を無くしてその場所に横たえられていた。
玉森の心臓は更にスピードを速まらせる。
ぽたり、ぽたりと血の滴る音は鼓動の速さに反していた。
「…だいちゃん…」
見上げれば、息を切らした有岡がそこにいた。彼もまた、吉田の返り血を浴びたのか赤く染まっていた。
血走った目で玉森を見上げる。荒い息遣いが聞こえる。
「…俺が、殺すんだから」
「……」
「俺が殺すんだから、だからっ…」
だから、と有岡は何度も叫ぶ。
震える手でぎゅっと握った刀。手は、力を入れすぎているのか白く血をなくしていた。



【吉田幸輝 死亡】



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