30.



二日目、十八時の放送が終了して残り少なくなった名簿を玉森は見つめた。
そして二人の名前を指でそっとなぞる。自分が殺した阿部と岩本の名前。
阿部と岩本の死が告げられたのは、十八時の放送の六時間前、十二時の放送であった。
あのとき、それこそ今更なのだが「生きているのではないか」という玉森の微かな期待は打ち砕かれた。
自分は人殺しなのだ。ただの人殺しでしか、もう、無いのだ。
海辺の近くの洞窟に玉森と伊野尾はおとなしく身を潜めていた。
太陽が翳り、夕陽に変わり、やがて落ちる。
特に騒ぐような会話もないまま、僅かな食料を口に含んで二人は静かな時間を過ごしていた。
自分たちはいつもこんなふうに静かな時間を過ごしてきたのかもしれない、と玉森は思う。
禁止エリアの範囲は次第に迫り次の放送か遅くともその次にはここからも追われることになるだろう。
そのときどうすれば良いのか。
また誰かを殺して、この空間を、伊野尾を、守らなくてはいけないのか。
(そうしなくちゃ、きっとダメなんだ…)
覚悟したはずだった。
決心と動揺が一つの心でせめぎ合う。
言い訳と肯定と後悔が、ぐるぐるといつまでも玉森の心を支配し、蝕んだ。
「…玉森」
「ん…?」
「疲れた?」
「うん、ちょっとだけ」
口数のめっきり減った玉森を心配するように伊野尾が声をかける。
そんな伊野尾に玉森は口端を上げるだけの精一杯の笑顔を見せた。
自然な笑みを浮かべることはもう出来ない。その上元々笑うことは下手だった。
伊野尾といると玉森は色々なことを思い悩んでしまう。一緒にいたいはずで、守りたいはずなのに。
「……」
すく、と玉森は立ち上がる。伊野尾は驚いたように玉森を見上げた。
「え、どうしたの」
「…ちょっと、散歩してくる」
「一人で…?」
「うん」
そんな、と伊野尾は呟いた。
玉森は「ごめん」と謝ってから出来るだけ優しい表情を作った。
「気分転換したいだけだから。すぐ戻ってくるから」
「…、…。ちゃんと戻ってくる?」
「戻る。約束する」
「…分かった」
気をつけて、と伊野尾は言った。
伊野尾が自分を信頼して一人にさせてくれることに玉森は感謝した。
洞窟を抜けてゆっくりと歩くと、少しだけ風が気持ち良かった。
まだ、二日しかたっていないのだ。
けれどもこの二日で、自分や周りは随分変わってしまった。
(でもきっと、一番変わったのは俺なんだ)



「…見つけた…」
潮風に乗って聞こえた声に、玉森はひどく冷静に振り返ることが出来た。
暗闇の中の慣れた視界に綺麗な顔が映し出される。
「吉田…」
「伊野尾君、どこですか」
自分を見つけて走ってきたのか、吉田の息は少しだけ上がっていた。
自分も一人だが、彼もまた一人であった。
「…吉田のペアって誰だっけ…、石垣君?」
「質問に答えて下さい。伊野尾君、どこですか」
有無を言わさないような強硬な態度に玉森はピクリと眉を上げる。
「会って、どうするの」
「殺します。彼のせいで、俺が巻き込まれたんですから」
「…じゃあ、俺を殺せばいいんじゃない?そうしたら、伊野尾ちゃんも死ぬよ」
「それじゃ意味が無い。俺は直接伊野尾君を殺したいっ」
吉田は珍しく少し興奮しているようだった。
無理もない。会えるかどうか分からない獲物にやっと会えたのだからその興奮は隠しようがないのだろう。
(大ちゃんも、そんなふうに思ってるのかな…)
何となく冷静でいられたのは、吉田がすぐに自分を殺す気が無いからだった。
でもきっと、自分に向けられる感情は直ぐに殺意に変わるだろうと玉森は察する。
鞄を置いてきてしまったことに後悔した。
けれども鞄を持ってあそこを出ることは出来なかった。
伊野尾が不安がるから。
「そういうことなら、教えられない」
玉森の抑揚のない、しかしはっきりとした拒絶の言葉に今度は吉田がピクッと眉を上げた。
「良いんですか、そんなこと言って」
「……」
「後悔しますよ。俺は誰かを殺すことなんて怖くないんですから」
血走った吉田の視線が玉森を捉える。
手を伸ばして鞄を探れば、そこから出てきたのはやや小振りな斧だった。
刃先を月の光が反射して、吉田の顔が映し出される。
あれで身体を引き裂かれたらきっと痛いのだろうと玉森は思った。
じゃあ自分が落として、地面に叩きつけられた岩本は?阿部は?
死に方すら知らないけれど、宮田はどうだったのか。
そして自分はどうなるのか。



トンッ、と吉田のつま先が跳ねて玉森へと駆けだした。
玉森が避けようと足を踏み出した瞬間、脳裏には一番に伊野尾の顔が浮かんだ。
その事実が玉森を何となく安心させた。



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