29.



小坂の言葉は三人に冷たく響いた。
きっと、その言葉に間違いはない。
自分には覚悟が足りない、船曳はそう思って息を呑む。
生きる意味なんて分らない。ただ死ぬのは怖い。それだけだ。
「…でも、俺は渡辺と小野寺に会えたからっ…それはここまで、残ってたから…ッ」
搾り出すような船曳の言葉にビクンと渡辺は震えた。
いつもの勝気な彼の様子とは程遠い、その様子。
時間が経つにつれてそれは大きくなるようで、いよいよ船曳も不安を抱かないわけにはいかなくなった。
「…おい。お前、何か隠してんだろ」
「えっ…」
先にその渡辺の態度を問い詰めたのは小坂の方だった。
「何隠してんだよ、言えよ!」
「…離せよ…ッ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ小坂君!」
渡辺に食ってかかりだした小坂に船曳は慌て、二人の中へと入ろうとする。
しかし、船曳が制止するよりも早く渡辺の身体が一歩下がった。
「離せよ」
「…小野寺…」
佇む渡辺の腕を引いた小野寺が、キッと小坂を睨み付ける。
それは、船曳の良く知る小野寺ではなかった。
「同じじゃんか…何だよ、何が生きる意味だよ!」
「…なっ、」
「渡辺に食ってかかったじゃないか!自分だって、死にたくないだけじゃんか!」
「…ッ、んだよ、このチビ!」
言葉に逆上した小坂は渡辺から手を離し、代わりに小野寺の胸倉を掴む。
小野寺も負けてはいなかった、強い視線で小坂を睨み返し態度では一歩も引かない。
それはどこか意地にもなっているようだった。
ムキになる小野寺を見て、船曳は言葉を挟むことを躊躇われた。
(何で…)
「やめなよ、やめなって小野寺っ!」
船曳の疑問が音になる前に渡辺が小野寺を止めた。
俺大丈夫だから、と興奮している小野寺を渡辺は宥める。
渡辺は小野寺を宥めながらちらりと船曳を見やった。
それから唇をかみ締め、苦々しい表情を隠すことなくあらわにさせた。
「分かってんだろ…小野寺だって…悪いのは俺たちの…、」
俺たちの、と渡辺が言いかけたときガサッと人の気配とともに何かが動く音が聞こえた。
誰かが傍に近づいていたなんて船曳は、小坂でさえ気づかなかった。
物音に慌てて渡辺は腕時計を見つめる。
「時間、経ったんだ…」
ゆらりと影が揺れて、そこにもう一人現れる。
「言っちゃうんだ。俺、殺さないであげたのに」
そこに現れたのは太陽で、冷たい目を渡辺と小野寺に向ける。
小野寺は「違う」と言いかけて、首を振りかけたが、それは意味の無い行為だった。
何が起こっているのか、船曳は判断が出来ないまま立ち尽くす。
すると痛いくらいの強い力で腕を握り締められた。
「…痛ッ…!」
「逃げんぞっ」
小坂が低い声で囁く。それは見たことの無い、小坂の本当に焦っている顔だった。
「…え?」
「え、じゃなくて!」
「何、何なの…」
「まだ分かんねぇのかよ!お前はめられたんだよ!」
「はめられた…?」
渡辺が、小野寺が、どうしてそんなこと。
「渡辺と小野寺殺さない代わりに、誰か他の人引き止めておいてって言ったんだよ」
太陽がそう冷静に言葉を紡ぐと、渡辺は「やめて」と叫んだ。
「だけど、それが船曳なんてちょっと意外」
そんな「意外」だなんて。
それは一番船曳が感じていることで。



あっ、と船曳は思った。けれども声は出せなかった。
そっか、と冷静に納得する自分がいた。
何で、と感情の波に飲み込まれそうになる自分がいた。



「だって、だって仕方なかったんだ!近くにいる赤い点はあれしかなかったし、だから、まさか船曳なんてそんな…」
分かってる。本当はそんな渡辺の気持ち、船曳だって分かっていた。
もし自分が二人の立場だったら、そうしたかもしれない。
いや、きっとそうしただろう。
船曳は小坂をチラリと見やった。
生きる意味が無くちゃ、生きてはいけないだなんて、そんなのおかしい。
(でも…)
でも、と船曳は思う。
(でも、すごく、かなしい)
こんなことはすごく悲しくて、じわりと涙が滲んだ。
「殺していいから!だから、船曳たち殺さないで!」
渡辺はそう叫ぶ。
でも船曳の心はずっと悲しいままだった。
船曳の手を引き逃げ出そうとした小坂が、太陽によって引き止められたのは一瞬のことだった。
小坂は突き飛ばされ、地面に突っ伏す。
小野寺はずっと、仕方ない、自分たちは悪くない、渡辺は悪くないと言い続けている。
そんな彼らを見て船曳は何もかもどうでも良くなってしまった。
ただ目の前に立ちふさがる太陽の姿に不思議と恐怖感は無かった。
「…殺すの…」
「うん」
「…太陽君に、生きる意味はあるの」
「あるよ」
「…そっか」
なら譲っても良い。
「じゃあ、あんまり痛くしないで殺して」
小坂の目が驚いたように開かれ、抗議の言葉を上げかけたがそれは船曳によって制された。
渡辺と小野寺のことを思ったが、それは思うだけ虚しいことだった。



「渡辺も小野寺も、もうそれでいいだろ」
「…それで、船曳は俺たちのこと許してくれるの…」
「やだよ!俺は渡辺と生きるんだから!ちっとも、悪くないんだから!」
「お前何馬鹿なこと言ってんだよ!俺を巻き込むな!」



「…うるさいなぁ」
崖を登り、太陽は言い争う四人を見下げた。
ある者は納得し、ある者は納得せず。
それでもそんなことは一切太陽には関係がなかった。
はぐれた自分をきっと翔央は探しに来るだろうし、その前に片付けないと厄介なことになる。
ふっ、と手榴弾を投げればその場一体は煙と炎に包まれた。
けれどもそろそろ翔央だって自分の行為に気づくはずだと、太陽は思った。
(だから、その前に光を見つけなくちゃ)
そう心に決めて、迷子の振りをして太陽は翔央の元へと戻った。



【船曳健太・小坂真郷・小野寺一希・渡辺翔太 死亡】



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