28. 船曳と小坂は埠頭の近くで大きな倉庫を見つけた。 そこで小坂は壊れかけたパソコンを見つけ、それからはずっとそれに向ったままだった。 何か作業に没頭しているようで、水もパンも何も口に付けようとはしない。 船曳はすることが無く、存在は無視され、かと言って離れるわけにも行かずただぶらぶらとその周辺を歩いているだけだった。 倉庫の中にいればカタカタと鳴り止まないキーボードの音がする。 初めのうちは平気だったのだが、やがて癇に障るようになった。 宮舘も佐久間も死んだ。真田も野澤も死んだ。岩本も阿部も死んだ。 どうして自分は未だに生き残っているのか不思議で仕方が無い。 生き残っている中で親しかったといえば、渡辺と小野寺くらいだった。 最後に会いたいと半分願うも、もうそれそれすらもどうでも良いと思っている自分がいた。 そして、色々なことを思った。 自分は少し人とは違う特別な人生を送っているのだと思っていた。 ステージに立ち、歓声を浴び、その中で踊る。 同級生とは違う自分。自惚れや傲慢さを帯びているわけではないが、少しはそんなことを思っていた。 でもそれは突然色褪せて見えた。 何が楽しくて踊っていたのだろう。 今までの自分は何だったのだろうか。 (…戻ろう) 何もかも嫌になった。けれども、自棄になることは出来なかった。 船曳が歩みを止め、進行方向を変えたとき小柄な身体が船曳の視界に映し出される。 思わず声をかけようとして躊躇った。 でも、かけずにはいられなかった。 「…小野寺っ!」 船曳の声にビクンと小野寺の身体は揺れ、振り返る。 小野寺の動きに反応したかのように近くにいた渡辺が駆け寄ってくる。 「船曳…」 小野寺と渡辺は互いに寄り添い船曳を警戒するように眺めた。船曳も二人を警戒していた。 会っていない時間は短いものだ。 でも、何を信じていいか分らない。二人は、以前の二人だとすぐに捉えることは船曳には難しかった。 それなら、何故声をかけたのかといえば、それは本当は信じたいから。 「ふな、びき」 恐る恐るという渡辺の声が船曳の耳に届いて、少しだけ安心することが出来た。 いつもの渡辺の声だ。 「…俺たち、攻撃するつもりないから」 だから大丈夫だから、と続ける渡辺の声。小野寺は横で首を縦に振っていた。 「…信じていい…?」 「信じて!本当、マジでそんな気ないから…」 きゅっと唇を噛んだ渡辺の真剣な瞳が船曳を映し出す。 だから船曳は、信じてみようと思った。 「…俺もそんな気、ないし…」 そう言いながら船曳は一歩二歩と、渡辺と小野寺に近づいた。 三人の中に緊張はあったものの、近寄ればその分張り詰めた空気は和やかになるのも感じた。 「ど、…どう?船曳は…、えっと…誰とだっけ?」 「…小坂君」 「あ、そっか。どう?」 「どうっていわれてもなぁ…」 どうもこうもないと言いかけて船曳は口をつぐむ。 小坂には酷いことを言われた。彼の言葉は理解できない。 けれども分かり合えなくとも脱出のために小坂は頑張っている。 それは勿論自分のためだろうけれども、何も出来ずフラフラしている自分を思えば、小坂を悪く言うことは船曳には出来なかった。 「…渡辺と小野寺は?どう、だった」 それこそどうもこうも無いだろうと船曳は思ったが、沈黙が怖く、そう尋ねずにはいられなかった。 船曳に質問に渡辺の顔が暗く翳る。 そして、ポケットの中から携帯ゲーム機のようなものをとりだした。 「何、これ」 「…最初は俺も分んなかった…でも…」 渡辺がカチとスイッチを押すと、画面には赤い丸がチカチカと表示された。 「ここ、ほら…三つあるでしょ?」 これは俺たちだよ、と渡辺は船曳に説明をした。 「すげ…、皆の居場所が分るって…やつ?」 三つの丸の近くには一つの赤い丸。これはきっと、小坂だ。 渡辺は静かに頷き、一度小野寺を見てから船曳に視線を合わせた。 「…だから俺たちは…みんなを避けるように歩いた」 「……」 「そうしたら…みんな、死んじゃった」 「…渡辺」 「だから、船曳に会えて…俺…、」 信じるとか。信じないとか。 何かを伝えようと渡辺が口を開きかける。 その渡辺の腕を、グイと小野寺が引くのを船曳は視界に捕らえた。 (…え…?) その行動の意味が分らなくて、船曳は一つ瞬きをする。 何を。 渡辺は何を言おうとしたのだろうか。何を。 「おい、何してんだよ」 「…小坂君…」 何してんだよ、とはきっと渡辺と小野寺のことだろうと船曳は察する。 「勝手なことしてんなよ」 「大丈夫!…この二人は、大丈夫だから」 「何が大丈夫なんだよ」 何が、と問われて船曳の心の中にじわりと黒いものが燻った。 何が、と言われれば渡辺と小野寺だから、という答え方しか出来ない。 でもその答えほど、不確かなものなどない。 それは何かを言いかけた渡辺の腕を小野寺が引きかけたとか、それだけではなくて。 何をどう信用したら良いのか、どうして信用することが出来るのか、その確信が掴めなくて船曳は何も言えなかった。 「…船曳…」 何も答えることが出来ない船曳に渡辺が声をかける。小野寺はジッと黙ったままだった。 その三人を見て小坂は鼻で笑う。「まぁいいけど」と呟いた。 そして小坂は三人を一瞥し、船曳に視線を合わせ、笑うことをやめて再び口を開いた。 「駄目だった」 「…、えっ…?」 「全部弄ってみたけど、駄目だった。何も出来なかった」 少しだけ目が赤く充血している小坂がそう言う。 渡辺と小野寺は分らないような顔をするが、船曳は全てを理解した。 他力本願で我儘は承知の上で船曳はほんの少しだけ小坂に期待していたところもあった。 もしかしたら、というそんな思い。 小坂のことを快く思っておらず、信用していないというのに、どこかでその気持ちがあった。 そんな自分を船曳は恥じた。 「もう死ぬしかない」 何も言えない沈黙の三人に冷たい小坂の声が響く。 「…は…?」 「生きる道は無い」 「そんな簡単に…」 思わず、というように出た船曳の言葉に小坂は目を細める。 「じゃあ、お前は何を難しく考えてるんだよ」 「べ、別に、難しくなんか、」 「じゃあ生きる意味は何だよ」 「…え、…」 「全部殺して、お前の生きる意味は何?」 「……」 「そこの二人、殺さないとお前生きられないってこと、分かってんのかよ」 そしてそれに意味はあるのかと小坂は船曳に問う。 分かってる、分かっているつもりだ。でも納得なんか出来ない。 何も言えずに船曳は佇んだ。 船曳、と言葉を急かす渡辺の声がどうしようもなく嫌でたまらなかった。 next |