26. 「――塚ちゃんッ!」 光から放たれた銃の恐怖に北山は身を竦めギュッと目を瞑った。 しかし戸塚の叫び声で再び目を開く。自分の身体は痛くなかった。 塚田は肩から血を流しその表情を歪められている。 やがてうずくまる塚田に、塚ちゃん塚ちゃん、と戸塚は動揺したように必死に声を掛けていた。 北山自身、声を出せずに立ちすくむことしか出来ない。 それなら、二階堂は。 顔を硬直させ塚田を見やり、じり、と一歩足を後退させながら、けしてこの場を離れようとしない。 逃げだいしたい本能と、見捨てることを躊躇う理性がせめぎ合う。 北山は少しでも、と思い二階堂より少し前に立ち、弱く手を広げて庇いだてた。 ぱっと二階堂が北山に視線を合わせ「いいから」というように首を振る。 けれども僅かに震える唇に、彼の幼さを見た。 二階堂は自分よりも五つも六つも年下なのだ、と。 それなのに、もう、死ぬしかないのだろうか。 ここで、こんなところで、二階堂も自分も死ぬことしか出来ないのだろうか。 「…にか、」 「逃げろッ、北山!」 北山の言葉は、戸塚によってかき消された。 塚田を庇いながらの叫び声、そして強い視線は北山と二階堂を圧倒した。 北山は眉を寄せながら、首を横に振る。 「でも、そんな…」 「いいから!いいから、二階堂連れて逃げろッ!」 パンッ、とまた一つ音が聞こえて四人の直ぐ近くにある木の幹が煙をあげる。 「逃げんなッ!」 光は叫び銃を降ろそうとはしない。 藪が何とかして光を止めようとしたが、突き飛ばされそうすることは出来なかった。 再び銃をしっかりと構える光に抵抗する術は無い。 どうしたって四人は直ぐに戦えるような体勢では無かった。 ただ攻撃を受けるだけしかない。逃げるのであれば、四人は目立ちすぎる。 「北山ッ!」 戸塚が逃げろと何度も叫ぶ。 北山はちらりと二階堂を見た。 「…、…分った」 そう決断するしか他になかった。 苦しそうに声を絞り出し、ゴメン、と小さく呟いてから北山は二階堂の腕を力強く引っ張り走り出した。 「宏光ッ…!」 戸惑う二階堂の言葉は聞き入れない。そんな余裕も時間も無い。 けれどもどうしても気になって後ろを振りかえれば、容赦なく戸塚に発砲する光の姿が見えた。 「――ッ!」 北山は思わず足を止める。 「え、…なに、」 「…、ッ、行くっ、ぞ!二階堂、見るな!」 そんなものを見せるわけにはいかないと、北山は自分につられて振り返りそうになった二階堂を制し背中を押した。 戸塚の名前を叫ぶ藪の声だって、聞こえたような気がした。 「待てよッ!」 それだって光は満足せずに自分たちを追ってくる。 一体彼に何があったのかなんて北山には分らない。 分らないまま、理不尽に、そんなことってあるものか。 北山は突き当たる道を曲がったところで、グイと先を走る二階堂の腕を引いた。 丁度溝のようなところに二人は落ち、頭上では「どこ行った!」と叫ぶ光の声が聞こえて、やがて少しだけ遠ざかり小さくなった。 二人は身を小さくし、ジッと息を潜める。 「何…何で…何でアイツ…」 走って切れた息を整えながら、二階堂は「何で」と繰り返した。 北山は二階堂の肩を宥めるように叩き、落ち着かせる。 光の足音は遠のき、かと思えば近づく。 二人で行動することが前提のルールの中で、そのデメリットを北山は感じた。 こんな状況下で二人で逃げるなんて、目立つことは出来ない。 でもこんな場所で、こんなことで、死ぬわけにはいかないんだ。 「バラバラで逃げるぞ、二階堂」 「…宏光、…」 生きる、意味は。 ここを逃げたら、どこかで落ち合おう。 さっき通りがかった、灯台でもいい。 会えなかったら、探し合えばいい。 それで、もう一度。生きて、もう一度。 だから、お前は。 お前は。 「――二階堂…お前は…、…千賀を探せ」 「え…?」 「俺のことはいいから、俺は出来るだけ長く生きるから、…だからお前は千賀を探せ」 それが北山の出した答えだった。 このまま二階堂を、自分と一緒に死なせるわけにはいかない。 そう強く北山は思った。 「は、何それ…俺、いいって言ってんじゃん、もう関係ないって言ってんじゃん!」 何なの宏光何なんだよ、と二階堂は声を荒げる。 揺れる二階堂の肩を、北山は掴んだ。 「いいわけ無いだろ。お前、本当にいいのかよ」 「…だから…」 「ただ放送だけで千賀が死んだことだけ知って、本当にそれで後悔しないのか?」 「…そ、んなの…」 「会えなくてもいい、でも探すことすらしなかったら、お前絶対後悔する」 「…ッ…」 そんなの分らない、と迷うように二階堂は首を横に振る。 けれども「迷う」のだ。全くそんな気持ちが無いわけではない。 「俺が先に行く。お前は、反対方向に行け」 「…宏光…」 「さよならだ、二階堂」 もうすっかり自分より大きくなってしまったけれど、不安そうな顔をする。 そんな二階堂に微笑みかけて、北山はすぐに背を向けた。 さよならだから。 北山は群れることが好きではなかった。 得意でもなかった。 「…慕ってくれて嬉しかった。ありがとう」 だから二階堂の存在は嬉しかった。だから、振り返らなかった。 それを察したのか二階堂は何も言わない。 ただ、すすり泣く声が北山には聞こえて、それに気づかない振りをして、別々の方向へと走り出した。 もう二度と会えない。確かにそう思った。 next |