22.



バタバタと走る音が聞こえて橋本は振り返った。
「…良かっ、た…いたっ…!」
「亀井君…?」
息を切らせて汗をかいた亀井が走って来る。橋本と深澤を視界におさめると安心したようだった。
しかし、すぐに橋本の顔を見ると驚いたように目を丸める。
「…ハッシー何で泣いてんの?」
「あ…、…えっと…」
「ちょっと、ふっか!何かしたのかよ!」
「え、あ、違っ…亀井くんっ」
厳密に言えば全く違うというわけでは無いけれど。
そんなふうに少し思いながら橋本は亀井に慌てて弁解をする。
橋本の説明で誤解は解けたようで、そっか、と亀井を息をついた。
けれども亀井は橋本の腕が麻痺していることに気がつき、無言で深澤からスタンガンを取り上げた。
深澤は不服そうな表情をしたが、亀井が「駄目」と言うとそれ以上しつこくそれを欲しようとしなかった。
「…大丈夫?」
「あー…うん。ちょっとずつ、痺れ取れてるし」
「ゴメンな…。今、ふっかさ…」
「…うん、分かってる」
深澤はぼおっとしたままどこかを見ているようで、その瞳には何も映していないようでもあった。
亀井は深澤から取り上げたスタンガンを見つめる。
溜息をついた亀井に橋本はいたたまれなくなり、慌てて口を開いた。
「亀井くんっ、あの、…あのさ…高木君、見なかった?」
「えー…?」
あれそういえば何で一人なの、と今更亀井に首を傾げられ橋本は高木とはぐれたことを説明する。
「心配だなぁ…って思って…」
「そうだよね。俺は見てないなぁ…」
「そっか」
本当にこのまま高木とははぐれたままになってしまうのだろうか。
いつか死んでしまうのだろうか、二度と会えずに。
そう思うと橋本は亀井と深澤が少しだけ羨ましかった。
やはり亀井は深澤を気遣おうとするし、深澤も亀井が隣にいることで落ち着いているようだった。
二人でいるから、二人だと。
今の自分と高木とは違うのだと思い知らされた。
「どうするの、ハッシー。これから」
「えっと…」
「一緒に探そうか?…それとも、それは嫌?」
「え、何で…」
亀井の申し出はどう考えても橋本にとって有り難いものだった。
それを「嫌?」と問いかけられることに、橋本は首を傾げる。
その橋本の表情を見て、亀井は少しだけ笑った。
寂しそうな笑みだった。
「だって、俺たちとハッシーは敵じゃん」
「そんな…」
「そんなって。そう、なんだよ。本当は殺し合うんだよ」
寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべながらも淡々と言葉を紡ぐ亀井。
橋本はまたじわりと涙を滲ませ、強く首を横に振った。
「…ッ、やだ、よっ…そんなの、そんなの嫌だっ…」
そして橋本の目からは耐えきれずにポタポタと涙が落ちる。
「…ごめん」
深く息を吐いて亀井は、涙を零す橋本を見つめた。
その様子をただ黙ったままで、ジッと見つめるだけの深澤のことも見遣る。
手の中のスタンガンの重みも、全部、亀井の心の中を掻きむしった。
「…俺たち…何で生きてるんだろ…」



「じゃあ死ねばいいのに」
シュッと勢いのある音が聞こえて、橋本は頬にかすかな熱を感じた。
指で熱くなったその部分をなぞると赤い液体が付着している。
「…うっ、わ…ッ…!」
それが血だと気がついて橋本は身体を振るわせる。
何が起こったのか分らなくて、泣いて俯かせていた顔を上げ助けを求めるように亀井を見た。
「…かめい…くん…」
丁度喉元に何かが突き刺さっていて、橋本はそれが何だかすぐには分らなかった。
けれども亀井はそのまま倒れ、もう橋本に何も言ってくれなかった。
「うそ、やだ…亀井くん…ねぇっ…」
そう橋本が近づこうとする歩みを、深澤が止める。
亀井を痛めている喉の異物を深澤が丁寧に引き抜く。
血が溢れて、ひっ、と橋本が声を上げる。けれども深澤は冷静だった。
「深澤君。返してよ」
それ僕のだよ、と下から声が聞こえて橋本は振り返る。
その姿に大きく目を見開いた。
「…え、…なん、」
「これ知念が投げたの?」
橋本が全てを言う前に深澤がさえぎった。
深澤の手の中には赤く染まった手裏剣。
「そーだよ?何か悪いことした、僕?」
そして、微笑みを零す知念の姿。
当たり前のように知念がそう言った後、すぐに動いたのは深澤の方だった。
亀井が握っていたスタンガンを取り上げ、スイッチを入れ知念に向う。
きっと知念の小さな身体にはダメージが大きいだろう。
しかし、深澤がつきたてたスタンガンの先端が触れる寸前で知念はかわす。
もう一枚取り出した手裏剣を深澤につきたて、肉の切れる嫌な音が当たりに響き渡ると、動いているのは知念だけになっていた。



息つく暇もなかった。
ただ当たり前のように人を殺す知念が、次いで橋本のことをジッと見つめている。
次は自分なのだと、そんな実感も沸くことが出来ずに橋本は今度は涙の一つも溢れることはなかった。



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