21. 「…ふっか…」 「何してんの?一人?」 何してるも何も、と橋本は思った。 深澤は自分たちの前に亀井と一緒に教室を出たはずだ。 同じ方向に歩みを進めていたのか、と偶然の再会に息を呑んだ。 だって分からない。 深澤は、敵か、味方か。 「うん…高木君とはぐれちゃったみたいで…」 それを橋本は瞬時に判断が出来なかった。 とりあえず、下手に刺激するのは得策ではない。 「そうなんだ」 深澤の表情は橋本には読むことが出来ず、緊張感だけが増した。 「…ふ、…ふっかは?亀井君と一緒…だよね」 「うん」 「…亀井君は…?」 うーん、と深澤は考えるように唸ってから少しだけ振り返り指を向けた。 「あっちに、置いてきちゃったんだ」 「…え…?」 「ハッシー見つけたから、走って来ちゃった」 瞬間、バチッと音がして橋本は腕に痺れを感じた。 咄嗟に腕を庇うように身を翻し、深澤と距離を取る。 ジンジンと腕は痺れている。 「な…、っ、何…?」 深澤の手元には携帯電話より少し大きな武器のようなものが握られていた。 先端がビリビリと青く白く光り、深澤はそれを楽しそうに見つめていた。 「スタンガンってやっぱり痛いんだ?すごいよね、漫画みたい」 でも漫画みたいにすぐは気絶しないんだよね、と深澤はやはり楽しそうに笑った。 それが橋本には信じられなかった。 単純に遊びを楽しむようないつも通りの深澤で、しかし自分の腕は痛みを持っている。 殺意が分らないから、橋本にはどうすることも出来なかった。 これが攻撃なのか、それもよく分らない。 「…ね、ぇ…ふっか…」 「…何?」 「亀井君…いいの、離れちゃって」 繰り返す質問に深澤はンー、と少しだけ面白く無さそうな顔をした。 「だって、これ使っちゃ駄目って言ったし」 「え…」 「そんなの楽しく無いじゃん?いつも楽しいこととか全部一緒にしてくれたのに…」 「…楽しい、…こと?」 「ん?だって、こんなのゲームじゃん」 そこでようやく橋本は深澤に対する違和感を理解した。 ゲームだと、これは現実ではないと、そう思うことで深澤は全てから逃げているのだ。 だから深澤はいつも通りで、攻撃性を持たない、優しいそのままの雰囲気で。 「スタンガンで攻撃されたハッシーの、残りのHPはどれくらい?」 でも、深澤はもう正気では無いのだ。 スタンガンを構え、深澤は橋本に向う。 それ自体に殺傷能力は無いが、痺れて倒れたのなら何をされるか分らない。 動かなくなった橋本の首を絞めることくらい、簡単だろう。 それを思うと橋本は恐怖に身体を震わせた。 ふっかは友達だからそんなことはしない、なんて今は思えなかった。 綺麗な青白い光は橋本を追い詰める。 痺れた腕が痛い、襲いかかってくる深澤にその痛みを思い出して涙がにじみ出た。 距離が縮まって深澤に痺れた方の腕を捕らえられる。 橋本はギュッと目を瞑ってこれからやってくるであろう痛みに耐えようとした。 けれども痛みは無く、代わりに聞こえた深澤の言葉。 「ねぇ、ハッシー。ハッシーは俺がユニット外されて、どんなふうに思った?」 「…えっ…」 「可哀想って思った?」 「そ、んなことッ…」 「『ふっかみたいになりたくない』って思った?」 「――ッ!」 やだ、こわい。こわい。ふっか、こわい。 そんなこと思っていない。思ってない。 でも思ったかもしれない。絶対思ってない、なんて言えない。 でも深澤はいつだって笑っていてくれたし、変わらずに亀井とは仲が良かった。 ゲームだと笑う深澤と、「それでも勝ったらデビュー出来るのかな」と呟く深澤はどちらが本当なのだろうか。 でもそんなことを考える暇も無く、多分自分は殺されるんだと橋本は思った。 痛い思いをせずに死にたいという気持ちと、高木に申し訳ないと思う気持ちが混合する。 でも自分の首に手をかける深澤はとても楽しそうで、一緒に遊んでいる気分にもなれた。 ぐっ、と首元に力が入ると流石に苦しさを感じて橋本は眉を寄せる。 死にたくない。 こんなの、うそだ。死にたくない。 「……」 その表情を見てか、深澤は静かに橋本の首から手を離しら。 「…ごめん…」 「え…?」 「…ごめんハッシー…痛かった…?」 「う、…うん…」 深澤は手を自分の方へとひく。 そして、ポツリと呟いた。 「…何やってんだろ…俺…」 「…、っ…」 その言葉にぶわっと橋本の目から涙が溢れて、どうしたって止めることが出来なかった。 何もかも、たとえ生き残ったとしても、それだってもう駄目なんだと橋本は感じた。 何も意味がない。 元通りになること、また皆で楽しく遊べること、高木が自分と遊んでくれること。 お父さんとお母さんがいて、一緒に踊る仲間がいて、学校に通って、そういうことが幸せで。 でもそれはもう戻らないのだ。 この記憶は消えることはないし、深澤の呟きも忘れない。 「…っ、ぅ、く…」 「泣かないでよ、ハッシー…」 慰めてくれる深澤が嬉しくて悲しくて、甘えるように橋本はその場で泣き続けた。 もう絶対七人で笑うことは無い現実に、どうしようもなく橋本の心は押しつぶされそうになった。 next |