15.



揃って名前を呼ばれ校舎から出た二人は力を振り絞るように走った。
とにかく遠く、遠くへ行きたかった。
息が切れるまで走りきって、辿りついたのは海岸だった。
「海…」
翔央が呟き、太陽が後ろに並ぶ。
翔央は海を食い入るように見つめる。
体力的に無理なことは承知なのだが、もしも泳いでこの島を抜け出すことが出来たら助かるのだろうか。
「…翔央、…船あるね」
太陽の声が聞こえても、翔央は視線を海から外そうとはしなかった。
「うん…」
「あれ、たぶん…見張りだよね」
「…そうだね」
駄目だね、と太陽が呟いて翔央はもう一度「そうだね」と呟いた。
海を見た瞬間、心にぽっと希望の光のような温かいものが宿った。
けれどもそれは直ぐに打ち消され、一度期待をしたからこそ疲労感は増した。
しゃがみこんで膝を突いて手を突いて、今の状況を嘆きたかった。
でも今の翔央にそれは出来ない。後ろに太陽がいるから出来なかった。
翔央のおそらく最後に残された使命は、この二つ年下の仲間を守ることであった。
太陽だけは死なせたくない、などという格好良いことは言えない。そんな力量は自分には無い。
けれどもせめて苦しまずに静かに死を迎えさせたいと思っていた。
「太陽、鞄の中見ようか」
「おれいいよ…。だって武器入ってるんでしょ?…俺そんなの見たくない…」
「…太陽…」
太陽に人を殺す事は出来ない。
まして自殺なんて出来るような性格はしていない。
ならば自分が死ねば、太陽の銀の首輪は爆破するのだが。
(…でもそんな惨いことしたくない…)
太陽の亡骸がそんなことになるなんて、それは翔央が望まないことであった。
「翔央」
どうすれば良いのかなんて分らない。
そんな翔央に太陽の声だけが鮮明に響く。
「…何…?」
「おれたち、死んじゃうんだよね」
そんなことを太陽に言って欲しくはない。
身体だけ誰よりも大きくて、でも誰よりも子どもで、自分の後ろについてきてくれた太陽。
その命が尽きるまで、太陽には笑っていて欲しい。それがたとえ自分のエゴだったとしても。
「…ッ…、大丈夫だから!太陽は何も心配しなくていいから!」
翔央が声を上げて、その場はシンと静まり返った。
太陽が少しだけ驚いたように目を開いて、やがてその瞳が元に戻る。
「ねぇ、翔央」
「…な、に…?」
出来れば何も言わないで欲しい。
ただ、笑って自分の後ろについてくる。それだけでいて欲しかった。
「翔央、おれ、トイレしたい」
「……は?」
翔央はおもむろに顔を上げる。
思考が一気に現実に戻される。しかし、それは翔央にとって望んでいたものだった。
目の前の太陽の顔は、当たり前のように見慣れたものだった。
「お前、何言ってんの?」
「何って、おれずっと我慢してたもん」
「…太陽…」
結婚神経図太いね、などと言って笑うしかなかった。
けれども笑うことが出来た。
仕方ないなぁと言って翔央は胸を張る。
やっぱり自分は二つ年上のお兄さんで、太陽には自分がいなくちゃ駄目なんだと。
丁度近くに灯台のような施設があった。
そこにきっとあるよ、と太陽の肩を叩いて二人で歩みを進めた。
大丈夫。
まだ歩ける。



そして、しばらく歩いて見つけた建物の中に太陽が入り、用を足している間は翔央が外で見張り役をしていた。
「翔央ー、終わったー」
トイレ二階にしか無かったよ、と太陽は濡れた手をブラブラと動かし自然乾燥させながら言う。
「んー」
「翔央もしておきなよ」
「え。俺はいいよ。お前一人に出来ないし」
翔央はポケットからハンカチを取り出し、太陽に貸し出すように差し出した。
「おれ大丈夫だって!ここから動かないし、翔央あとで困ったら大変だもん」
「えぇ、…でもさぁ」
「いーからいいからっ。行ってきなって!」
ね、と強引に翔央の背中をグイグイと押しながら太陽は「行くように」と促す。
翔央はそんな強引な太陽に負け、やれやれと肩をすくめる。
「ん、じゃあ…行ってくるけど。お前何かあったらすぐ来いよ」
「うん。分ったー」
バイバイ、と翔央を安心させるように太陽は笑顔で見送った。



それから太陽は、すぅ、と息を吸って吐いた。



「…いつまで隠れてるつもりなの?」
翔央がいなくなったその場所。太陽の言葉にガサリと茂みが揺れる。
「おれ、もう知ってるよ。隠れたってダメだよ」
太陽は少しだけ語調を強くし、茂みに視線を送る。
そこからから姿を現したのは淀川と藤家だった。
淀川の手にはバタフライナイフが握られている。
そんなもので、と太陽は思った。
そしてわずかに震えている淀川の手を見逃すはずも無かった。
「それで、おれと翔央を殺そうとしたの?」
「…っ、…うるせぇよっ!」
声すら震えていて、そんなんだったら最初からしなきゃいいのに、と太陽は思った。
「何でおれと翔央なの?」
「黙れよッ!どうせ…どうせ全員殺さなくちゃ生き延びれないんだ!」
「でも最初に狙ったのはおれと翔央だよね。何で?」
「理由なんかねぇって!」
人を殺すのに理由が無いと、淀川は言う。藤家はずっと喋らない。
じゃあ生きるのに理由は有るのかな、と太陽は思った。
そして、おれはあるんだ、と心の中で呟いた。
「淀川君と藤家君のこと嫌いじゃないけど…ゴメンね」
おもむろに太陽が鞄の中に手を伸ばし、中から一つの黒い玉のようなものを取り出した。
あっ、と藤家が声を上げてをそれを確認したときには、太陽はもうそれを投げ出していた。
藤家が淀川の手を引いて逃げ出す。
けれどもその速さよりも確実に早く、太陽の投げたそれは二人を襲った。
手榴弾。それは太陽の武器で翔央に隠れてこっそり確認したものだった。
隠れて確認したのは、きっと翔央はそんな自分の姿を望まないから。
自分は翔央の「理想」でいなくてはいけない。
「…翔央はね、俺を守りたいんじゃないんだよ」
それは太陽の独り言で、淀川と藤家には聞こえない。
「守る人が欲しいだけなんだよ」
コツン、と手榴弾の先端が地面に触れる。
空気を裂いたのは悲鳴よりも先に、爆発音だった。
太陽は建物の中に入り、爆風をさける。
もう少しで翔央が二階から降りてくるはずだから。
きっと、いや、絶対に血相を変えた、自分のことを心配する翔央が降りてくる。
だから自分は怯えた子どもにならなくてはいけない。
自分は弱いまま「太陽」らしく。
彼が望むから、だから、それが太陽にとって翔央に出来る最後のこと。



「太陽…ッ…!今の…、」
太陽の思った通りドタドタと派手な音がして、二階から翔央が転がるように下りてくる。
「翔央ッ!」
太陽は翔央に、それは子どものように駆け寄った。
窓の外は赤と白で包まれている。
「…一体何があったんだよ、太陽っ!」
「わかんない…わかんない、おれッ…」
「……」
「急に、…爆発して…それで、…」
「…分った。分ったから太陽。…とにかく、逃げよう」
無事で良かった、と翔央は太陽に囁く。
太陽は翔央の言葉に緩やかな笑みを零した。



そして再び二人は走る。
「翔央っ」
「何…、…?」
走りながらやや前方を行く翔央に太陽は話しかけた。
「おれ、爆発したとき何か出来ないかなって鞄見たんだ」
「…それでっ…?」
「でも、何も入ってなかった…おれ、ハズレだったみたい」
「…はっ…太陽らしいや」
翔央が笑って、太陽も笑う。
そして二人の姿はどこかへと消えた。



【藤家和依・淀川由浩 死亡】



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