7. 「次、北山宏光、藤ヶ谷太輔」 その二人の名前が呼ばれたとき、再び教室は重い空気に包まれた。 当たり前の組み合わせなのだが、本人たちにとっては冗談じゃないと言ったところだろう。 そしてその二人の対立に、少なからず自分は巻き込まれるのだと二階堂は思った。 「分かってると思うけど、俺はお前と行くつもりないから」 「……」 子どもっぽさと冷たさを混ぜた藤ヶ谷の声が響く。 北山はジッと黙ったまま何も言わなかった。 そもそも呼ばれる順番が悪かったんだ、と二階堂は思った。 河合と五関、戸塚と塚田は先に呼ばれてしまい、藪は勿論光と早いうちに呼ばれてしまった。 更にここで先に宮田が呼ばれたのがまずかった。 玉森が伊野尾と一緒に先に行ってしまったから宮田は誰かを選ばなくてはならない。 しかし宮田は性格上どこかのペアを壊して自分と一緒に、ということは出来なかった。 そうして困ってしまった宮田に兄貴風をふかせた横尾が「じゃあ俺と行くか」なんて言うものだから、全て狂ってしまったのだ。 藤ヶ谷は驚いたような顔をしていたし、何より当の宮田がありえないという顔を見せていた。 けれども宮田自身、横尾を断ってまで、という相手はいない。よってその二人で教室を去ってしまったのだ。 二階堂は横尾のことを憧憬していた。けれども、考えている割に後先考えないような行動する彼が時々信じられなかった。 とにもかくにもそういうわけで、半分以上が立ち去り既に他から選ぶような奴は少ない中で藤ヶ谷と北山そして二階堂と千賀が残されたのだった。 そして藤ヶ谷が北山と行くつもりは無いと断言したということは、もう人選なんて決まっているようなものだった。 「行くぞ、健永」 さも当たり前のように藤ヶ谷は立ち上がり、千賀を指名する。 千賀は肩をビクリと揺らし目を白黒させて、口を小さくパクパクと開閉させた。 「あのっ…あの、藤ヶ谷君…俺…」 「何?」 「…あの…」 意味を成さない言葉を発する千賀に、カチャリとライフルの先が向けられ、判断を急かされる。 千賀はどこか優柔不断な気質があった。 いつも何かを自分で決めることは不得意で、見かねた年上の仲間たちがいつも千賀の行く方向を決めていた。 それじゃ駄目だ、と千賀本人も分かっていることではあったし自覚もしていた。 しかし月日を重ねるにつれて本人が思う以上に千賀自身を指南する年上の仲間が増え、結局千賀はいつも笑って従うだけだった。 それを何より嫌がったのは二階堂だった。 同い年だから嫌でも目に付く。そういう千賀がとても子どもっぽくって、甘えてるようにも見えた。 その気持ちから千賀に少し厳しく当たったことがあり、けれどもそれは二階堂の全く予期しないふうに周りに捉えられていた。 扱いに差が出たからって。 あんなふうに八つ当たりして。 それが二階堂の耳に入ったとき、ひどく彼の自尊心は傷つけられた。 そして何よりそのことについて完全に否定できない自分の存在に、二階堂は動揺を隠せなかった。 自分に全く千賀に対しての劣等感が無かったのか、といわれたらそれは嘘だ。 「気にするものか」「自分は自分だから」と張っていた虚勢のメッキが一気に剥がれ落ちるのを二階堂は感じた。 扱いも、年上にかまわれるのも、全部千賀ばっかり。 そんな気持ちがどこかにあった。「違う、そういうんじゃない、誤解するな」と胸を張って言えなかった。 「胸を張って言えない」と感じたときひどく自分が惨めに映った。 そして自分が感じているのと同じように、周囲にも自分が惨めに映っているのだとしたらそれは耐え難いことだった。 陰口も同情も何もかもまっぴらだ。 でも千賀といる限りはどうしたって比べられてしまう。 同じユニット、シンメトリー、同い年。 千賀といる限り、二階堂の心の平穏は訪れない。 だから二階堂は千賀から離れた。 もうこれ以上自分自身が傷つくことに耐えられなかった。 仲の良い居心地の良い関係なんてどうでも良くなっていた。 藤ヶ谷に急かされた千賀は躊躇うように二階堂に視線を向けた。 二階堂はその視線を避けるように顔を伏せた。 千賀と二階堂の間に一瞬、間が開く。 それは決定的な瞬間であった。 その後で千賀の立ち上がる音が聞こえて、二階堂は少しだけ顔を上げる。 自分は今、間違ったことをしたのかもしれない。 「俺、藤ヶ谷君と行きます」 千賀は少し自信を持ったような表情を浮かべ、藤ヶ谷は安心したような顔を浮かべていた。 千賀はもう二階堂の方を向こうとはしなかった。 next |