6.



(これ、何だろう)
五関が鞄の中から取り出したのは一本の瓶であった。中は液状で紫の色をしている。
それ以外に武器らしいものは入っていない。おそらくこれが自分の与えられたものなのだろうと五関は考えた。
と、いうことはこれは毒かそれに相当する物か。
(…映画みたいだ)
五関の手の中の小瓶。たったこんなもので人は死ぬのかと思うと何だかあっけなく感じた。
「五関君、中身なんだった?」
「多分これかな」
五関が小瓶を河合に見せると、それに興味ないように河合は首を傾げるだけだった。
五関と河合が校舎を離れ歩みを進めると、ほんとど廃墟に近い民家を見つけた。
一通り誰もいないことを確認し、またガスと水道が通っていることも確認した。
確認を終えると五関はここを砦としようと提案する。河合は従うように頷く。
おそらくダイニングであろう場所で二人はようやく少し落ち着いて鞄の中身を開いたのだった。
「俺は…えー、何これ?これが武器?」
河合が中から取り出したのは土鍋だった。
「…お前良く重くなかったね」
「いや、かなり重かった」
思わず五関は噴出しそうになってしまったが、何とかしてそれを押える。
河合はその武器に呆れ、そしてがっかりしたように土鍋に触れて持ち上げた。
「被ったら、防御になるかな」
「割れるだろ」
「じゃあ何の役に立つの」
「鍋でも作れば?…ほら冷蔵庫。割と食材あるよ」
五関は足を少しだけ伸ばし、屈んで冷蔵庫を開ける。
最近までは人が住んでいたのだろうか。
冷蔵庫には野菜に卵。さすがに肉は無かったが、ある程度の食材は揃っていた。
「ちょ、五関くん、こんな状況で鍋とか」
「いいんじゃん。最後の晩餐でしょ」
五関が当然のように言い放つと河合の表情は固まる。
「まぁ…、…うん…」
「…って、そんな深いこと考えなくていいね」
覗いていた冷蔵庫の扉を閉め五関が立ち上がると、あからさまに河合はホッとしたような顔を浮かべた。
「俺、メシ作るわ!」
もうすぐ昼だしね、と河合は土鍋を持って張り切る。
自分から言い出したことだが、それにしたって昼から鍋かよ、と五関は肩をすくめ笑みを零した。
けれどもそんな河合に安心した。
ここに来るまでの間、河合は底抜けに明るかった。普段の様子そのものであった。
それが空元気だとか無理をしているだけだとか、そういうものだと五関は直ぐに察したが指摘はしなかった。
河合のそういう心遣いや明るさに滅入りそうな気分が少し晴れたのも事実だった。
そしておそらく河合は人を殺して平気でいられるような奴ではない。
万が一勝利をおさめたところで、誰かの犠牲の上に成り立つ栄光を喜べる奴ではないだろう。
きっと河合は壊れてしまう。つまり死ぬか壊れるか、どちらかだけだ。
それならばいっそ、誰かに殺されるくらいならいっそ。二人で死んでしまおうか。
(でも、それは正しい選択なのだろうか?)
初回の放送は12時だった。それまでにはもう少し時間がある。
もう皆校舎を出たのだろうか、開始の時間を考えると全員が出ていてもおかしくない。
いつまでここにいられるのだろう。
禁止エリアになってしまうかもしれない、いつ他の誰かに攻め込まれるかも分らない。
この一食が本当に最後の食事になるのかもしれないのだ、と五関は思う。
わざと何も考えないように、元気良く料理に取り掛かる河合が少し痛々しくも感じて。
「…手伝うよ」
冷蔵庫の隣の棚を開けると、そこには調味料が揃っていた。
「まじ?五関くん、サンキュー」
じゃあ出汁になるようなものある?と河合が問うから、まるで現実を忘れる空間がそこには作られた。



コンロにかけた鍋がぐつぐつと煮え、初回の放送も迫ってきていた。
禁止エリアと死者の名前が告げられる放送。
果たしてもう既に死んでしまった人などいるのだろうか。
例えばそれで誰かが死んだ事実を知っても、それ以上に「誰かが殺した」事実の方が重要だろうと五関は思った。
それがもし同じメンバーの戸塚や塚田だったら?
友達として遊ぶことが多かった藤ヶ谷や横尾、後輩として可愛がっていた千賀だったら?
誰にしたってショックだと思い、しかし一瞬誰だったら一番ショックなのだろうと考えてしまって、五関は自分自身の卑しさを感じた。
「…五関君」
「何?」
何か無いかなと台所の端のダンボールを漁っていた河合が、ジャガイモを握りながら五関に駆け寄る。
収穫あったじゃん、と言いかけたが河合の神妙な顔つきに緊張を張り詰めさせた。
「外に…誰か、いる…」
壁際の小さな窓から茂みが揺れるのを見たと河合はいう。
二人の緊張感はぐっと増し、空気が重くなった。
「風、とかじゃなくて…?」
「そういうんじゃなかった。そこだけ動いたんだ」
まさか、こんな早くにそんな事態が起こるなんて、五関は息を呑んだ。
とりあえず鍋の火を止め、持ち物入っている鞄を手にする。
だからといって、自分たちを守るために使えるような武器は無い。
「何か…防御になるようなものあったっけ」
「…鍋とかフライパンとか…」
「……」
それでも仕方ないだろうと五関は思う。台所から一つずつ鍋とフライパンを拝借して、身構えた。
「五関君…どうしよう、攻撃してきたら…」
どうしようどうしよう、と河合はひたすら繰り返す。
「そのときは、そのとき」
まるで自分に言い聞かせるように五関は冷静に言い放った。



ジッと息を潜めると段々とガサガサという茂みの音が大きくなるのが二人には分った。
そしてピタリと音が止まり、代わりにコンコンと戸が叩かれる音がした。
随分律儀だ、と五関は思う。河合と思わず目を合わせた。
――バカッ!誰かいたらどうするんだよ!
戸の向こう側からそんな声が聞こえる。
しかし、その声は。
「え、あの声って…」
思わず、というように河合は呟き目を見開いた。
もう一度二人は顔を見合わせてから、五関は手に持っていた鍋を置き玄関に近づく。
覗き穴から相手を確認しようとしたところで、慎重さもかけらも無いようにバンッと扉が開けられた。
そんな開け方だったらノックしてもしなくても意味ないじゃないか、と鼻を打ちつけられた瞬間五関は思う。
「あ!河合君!…に五関君?」
鼻を強打し蹲る五関に「何やってるんですか」と呑気に問いかける姿に、河合はぽかんと口を開けた。
それは思いがけない二人の来訪者。
「痛いよ…森本…」
「え!おれのせい?!ごめんね、五関君」
本当に悪いと思っているのか否か。
龍太郎の後に続き、弟の慎太郎もちょろちょろと家の中に入ってくる。
そして煮立った鍋を見つけて「ごはんだ!」きらきらと目を輝かせた。



緊張感は何もなく、この戦いに最もそぐわない最年少ペアが突如五関と河合の前に姿を見せた。



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