2. ちょっと待ってくれ、と玉森は思わずにはいられなかった。 伊野尾が立ち上がったとき確かに玉森は心配をしたが、まさかこんな話になるとは思いもしなかった。 確かに、伊野尾と有岡の名前が同時に呼ばれたとき、羨ましい、と思った。 伊野尾と行動出来たら自分は一番安心するだろうと思い、けれどそれは願っても叶わないことだと思っていた。 それは数年前に同じユニットから外されたとき、自分と伊野尾では無理なのだと感じさせられたことだから。 それでも伊野尾は自分を慕ってくれた。変わらなかった関係、自分も崩れない友情。 玉森は伊野尾に感謝すらしていた。 けれどもだからって、と玉森は思う。 玉森はチラリと視線を動かす。 顔を真っ赤にして屈辱に耐えている有岡を見て、玉森は息の出来ない窮屈さを感じた。 伊野尾は友人だ、けれども有岡だって、そうなのだ。 前に並ぶ男は玉森の動揺を意に介さない様子で楽しそうに笑う。 本当に大人たちにとっては「ゲーム」で、自分たちはその駒にしか過ぎないのだと実感する。 そして「彼はこう言っているが、君はどうしたい」と、言葉が響く。 次に注目を浴びるのは、そう問いかけられた玉森自身で、その針のような視線にこの場から逃げ出したい思いだった。 でも足がすくんで動かない。怖いのだ、全て。 複数の視線、大人の視線、有岡の視線、…そして伊野尾の視線。 玉森は嫌な汗をかくだけで、何も答えることは出来ない。 (だって…そんなの…、それに…) それに、おそらく自分が伊野尾を選べば自分だって誰かを捨てることになる。 (多分、それは、) それは、彼しかいない。 「…玉森」 聞き慣れた声が自分の名前を呼んで、玉森の肩が弱く揺れた。 「いいよ、伊野尾君と行きなよ、…ね?」 「…宮田…」 宮田はいつもの笑顔を玉森に向ける。それはこの場の雰囲気にそぐわないものだった。 玉森の胸はぐっと押し潰される。息が詰まる。 確かに自分たちはプライベートも一緒に行動するような、そんな間柄ではなかった。 シンメトリーも二階堂がいて千賀がいて、そして残った二人で組まされた。それだけだ。 気が合わないわけでは無かったが、特別気が合うというわけでもない。 玉森の一番は宮田ではないし、宮田の一番も玉森ではない。 何においてもお互いは「特別」ではなかった。 それでも玉森と宮田の間で共有した事柄、している感情は少なからずあったはずだった。 しかし玉森は、その宮田を今まさに捨てようとしているのだ。 それを重大だと思えないほど玉森は鈍感ではないし、思いのままに身勝手に振る舞うことは出来ない。 「俺は大丈夫だから、玉森」 けれども宮田はそんな玉森を、伊野尾のところに行けと後押しする。 宮田は知っているのだ、建前では何と言おうとも本音では伊野尾と行きたいと思っている玉森のことを。 それはそれこそ共有してきたものがあるから、それくらい分かる。 「でも、宮田っ…俺…ッ!」 ウルサイッ、と声を上げた玉森に迷彩服の男がライフルを向ける。 その場が静まりかえり、玉森も口をギュッと閉ざし恐怖に震えた。 宮田は凛とした表情を恐怖に崩さず、ただじっと玉森を見続ける。 玉森が確認するように前を向いて伊野尾を見ると、自然と視線が重なった。 自分が選ばれると思い自信に溢れた伊野尾の視線は、けれども一抹の不安を覗かせている。 それは玉森だけが知っている伊野尾の顔だった。 ――玉森は俺を裏切るの? まるでそんな声が聞こえたような気がして、玉森は居たたまれなくなる。 気丈で、誰にもなびかず、少し我儘で、けれどもいつもどこかに弱さを兼ね備えている。 そんな伊野尾だから玉森もずっと慕ってきたのだ。 強くはない伊野尾を知っている。 その伊野尾が勇気を出して自分を選ぶと声を上げた。 ライフルの銃口は向けられたまま。 自分が判断しなければ、殺される。それまでだ。 「…、…ごめん、…宮田…」 玉森は立ち上がる。自分の心に嘘はつけない。伊野尾を選ばないということは出来ない。 最初から分かっていた。 ホッとした伊野尾の顔を見て玉森は、間違っていないと思えた。 それでも宮田を蔑ろにしていたわけではないけど、それを信じてくれるのかどうかは、もう何も分からない。 伊野尾と一緒に武器と食料の入った鞄を持って教室を出るとき、有岡の凍るような視線を受け止めた。 自分が殺されるのなら彼だ、と玉森は思った。 next |