1.



「殺し合いをしろ」と命じた大人は、以前読んだ小説、見た映画、それらと同じ台詞をなぞるだけだった。
有岡は強制的に座らされた机の場所からジッとその迷彩服の大人たちを見つめた。
それはまさに映画でも見た通りで、だから紡がれる台詞の意味は理解できた。
けれども納得なんて出来なかった。
どうして自分が突然こんなことに巻き込まれるだなんて、納得出来るわけがない。
有岡は既に自分の前に二組を見送った。
藪と八乙女。
小野寺と渡辺。
「そうだ」とは言ってはいないがおそらくシンメトリーだとか、一緒になることが多い組み合わせを決めているのだろう。
二人一組であること。一人が死ねば、もう片方も死ぬということ。名前の順で呼ばれることも無かった。
そういう二組を見ながら、有岡はペアになるであろう相手も検討がついていた。
伊野尾か、それか高木か。間違いなくその二人のどちらかだ。
(…伊野尾ちゃんだったらいいな)
最近は仕事の関係もあって高木と行動を共にすることが多い。
高木とは気も合った。一緒にいる時間はとても楽しいものだった。気も楽だった。
けれども一番に心に浮かんだのは伊野尾の名前で、しかしそれは高木のことが嫌いであるとか、そういうわけでは無い。
むしろ友人として有岡と高木は良い関係を築いていたと言える。
(でも、伊野尾ちゃんがいい)
有岡はおそらく自分はここで死ぬのだろうと思った。
タイムリミットは三日だという。自分の人生はここで終わるのだ。
他の同年代の子とは違う、中々充実した人生を送れたと有岡は感じていた。
子どもの頃から「普通」ではない仕事をし、刺激を受け、スポットライトを浴びてここまで来ることが出来た。
普通では味わえない特別な体験をしてきた。
だから悔いは無いと思った。
そして「死」を考えたときに、この中であるのなら誰より伊野尾が良いと強く思った。
思えばずっとそばにいたのは伊野尾であったし、少し難しい彼の理解者でもあると有岡は少なからず自負していた。
伊野尾にとっての自分もそうであったらいいと、それは願望だった。
けれどもその点に関しては自惚れても良いとも思う。
伊野尾が完全に心を開いている友人というのはそう多くはない。
多くない中で、自分は伊野尾に認められているのだと有岡が感じることも多かった。
そしてそれは有岡の小さな優越感だった。
高木のことは嫌いではない。
けれども有岡の中で高木よりも伊野尾だった。



「次、有岡大貴。伊野尾慧」



そう教室に声が響いたとき、有岡はこの場で死んでも悔いは何も残らないと思った。
何故だか冷静に状況を捉えることが出来た。
ほとんどが恐怖に怯え、真っ青な顔をしているというのに自分は異常なのかもしれない。
けれども名前を呼ばれたから席を立つ。それが当然のようにも思えた。
「…、…あの」
しかし誰も予想しなかった言葉が放たれる。
前方に立った大人たちの威嚇するような銃が一斉にその声の主に向けられる。
銃口は有岡の肩を越えたところに向けられていた。
ひっ、という恐怖に怯えた誰かの声が聞こえて、けれども銃口を向けられた本人は微動だにしなかった。
「伊野尾ちゃん…?」
有岡は振り向いて、声を発した伊野尾に焦点を当てた。
有岡の呟きに、無駄口を叩くな、と大人が怒鳴る。
さすがにこればかりは有岡の肩は揺れたが、伊野尾は瞳すら揺らさなかった。
何だ、と問いかけられ伊野尾は静かに「聞いて欲しいことがあります」と答えた。
伊野尾は両手を挙げ丸腰だということ、抵抗するつもりはないということを示す。
その姿勢に一番奥で座っていた男が、銃を構える迷彩服の大人たちに銃を降ろすように命令をした。
何だ、ともう一度伊野尾は問いかけられる。
伊野尾は一度有岡を見た。それから視線をそらした。
有岡の心はやけに動揺した。
「ペアを…、変えて欲しいんです」
有岡は死ぬなら伊野尾と一緒が良いと心から、思ったばかりだった。
その伊野尾はペアを変えて欲しいと、堂々と言う。迷いが無い。
何が起こったかなんて、有岡には分からない。
それこそ一番理解の出来ない言葉だった。
そんな我儘が聞き入れられるものか、と大人たちの一人が怒鳴る。
(そうだよ、そんなワガママ通るわけ無い…)
しかし奥に構えていた男は、何故だ、と尋ねた。
頼むから余計なことを問わないでくれと、有岡は願わずにはいられなかった。
伊野尾は一つ、呼吸を吸う。
「多分俺は死ぬから…そのとき一緒に死にたい奴とペアになりたいんです」
それは全く有岡と同じ理由で、だから有岡は伊野尾を選んだというのに。
全員の視線が有岡と伊野尾に向けられる。
選ばれない、今まさに捨てられようとしている自分はその瞳にどう映るのか。
そして捨てようとしている伊野尾の瞳に、自分はどう映っているのか。
…ずっと、どんなふうに映っていたのだろう。
信頼されていたなんて、友達だと思っていたなんて、それは自分の一方的な勘違いだったのか。



この場の雰囲気を気に入ってか、男は伊野尾に問いかける。
――誰と組みたいのか。



「…玉森裕太君と、組みたいです」



有岡は、高木より伊野尾だった。
伊野尾は、有岡より玉森だった。



足元が音を立てて崩れる。
有岡の耳に、そんな嫌な音がこびりついて消えなかった。



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